あまりに、忙しいと考える時間がなくなるので、
忙しいという字は、心辺のりっしんべんと、亡くなるという字を書くという。
こんな言葉合わせのようなことは、よく方便として、使われる。珍しくもない。
そんなことも思い出した矢先、
前の夢日記や、ブログを読み返してみたら、
結構、私は、目の夢を見ているのがわかった。
忘れてたな。
いろいろな名称があるが、
「すべてを見通す目」とあえて言おう。
だが、「すべてを見通す目」が
「真実を見通す目」とは、限らない。
真実は人によって、異なるからだ。
なぜ、目の夢をみるのか?
記憶の再合成か?
それでも説明できるが、
もっと別の説明がほしい。
例えば、家に昔からあるエジプトの絵画との関連は?
なぜ、私は、エジプト関連の象形に惹かれるのか?
このミステリーを解くのは面白そうだ。
きっと、誰にでも、こんなミステリーはあるのだろうと思う。
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