今朝、7時頃、夢の中で、窮地になったので、自発的に起きようとして、物理的に自分を動かして目覚めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は、海岸?浜辺で 上を向いて横たわっていた。
空は、暗かった。夜?
上には、白いカプセルのような形のものが二つに割れて、
互いに白い糸のような煙を引きながら、空中に漂っていた。
最初に、あまり眩しくない光体が落ちてきた?
いや、それなりにゆっくりと、こちらに向かって降りてきた?
しかし、地上に近づくにつれてそれは、私の場所を逸れて、
消えたように見えなくなった。
私はそれで、ちょっと安心していると、
次に、小さい髪の毛のような物体が、一筋、こちらに向かって落ちてきた。
月明かりか、どこかの灯台のあかりなのか、髪の毛のようなものが
光に反射して光っている。(髪の毛のキューティクルが美しい感じだ)
その光のせいか、髪の毛のような小さいものをフォーカスしてみることができた。
だが、軽いせいか、風が吹いたせいか、私のほうではなく、
別の方角へ一本の髪の毛は、流れるように吹かれて飛んで行った。
私は何かが起こるのかもしれないと思った。
次に細かい金属の部品のようなもの、ねじとか釘とか・・
金属がやはり光を反射している様子のまま、
落ちてくる。
私の方かと思ったら、右手後方の奥、海岸の林の方へ
バラバラ落ちてくる。
ちょっと小さいもので、ホッとしたところ、
今度は、大きい部分が 私の方へ落ちてきた。
胴体部分の金属だとか、ガラスの大きい部分だとか、
鉄骨のような枠だとか・・・・
「うぁー、大変だ、怪我する。」と思ったので、
コロコロ逃げ回ろうと思ったが、
どこに大量に落ちるかわからないので、
そのまま、じっとしていたら、運よく、私以外の場所に落ちた。
「あー、これで終わりか。」と思ったところ、
なんと、アニメの宇宙戦艦ヤマトにあるような
波動砲発射口のようなものが、
その最初のカプセルが割れた空間に現れた。
そして、真下の私に向けられた。
「宇宙から狙われている?」
こんどこそ、やばいと思って、ジタバタしたほうがいいと思った。
「これは、夢なんだから起きなきゃ。」
そして、転げまわって、本当に布団から落ちて、
ベットの周りの物を落として、やっと目が覚めた。
まだ、眠いのに、無理矢理起きた感じだ。
まあ、変な夢と思えばいいのだが、
時々、私の夢は現実とリンクすることがあるので
侮れない。
いや、自分で結びつけてしまっているのかもしれない。
目が覚めて、一番不思議だったことは、
夢の中では、地上で軽いと思われる物からおちてきて
重いと思われるものが最後だったことだ。
つまり、落ちてきたものの順番が、普段の知識と逆だったことだ。
これには、私の知らない科学や物理の法則があるのかもしれないが、
のちに解明されるかもしれないし、
一応、不思議だったので、メモすることにした。
松原亜起(二階堂)のレッスンは、コンフォートゾーンを広げることを目指したブレイン(脳)を使うダンスです。 具体的には、認知的不協和をから、自分を見つめます。身体的には体をほぐし、ゆがみを治したり、精神的には、即興や創作による振り返りや、発表の場もあります。最近は特に、脳機能科学からイメージを使って身体トレーニング、表現をすることをやってます。各種インストラクターやファシリテーターを目指す皆様によい内容です。 その日に来る人のニーズを聞き、それにあわせて行うレッスンを目指しています。ツイッターID:Aki Matsubara
2014年4月25日金曜日
2014年3月21日金曜日
無意識の働き?
私の夢に出てきたのは・・・
鳥の王と言われている「ガルーダ(ガルダ)」神と
「ヴィシュヌ」神だったのか?
wikiよりガルーダ画像

偶然、別の動画をみていて、
気になる言葉に自分が執着する現象を認識した。
それは、夢の現象を分析しようとしている私の無意識ちゃんが
見つけちゃったものだった。
鳥と人間のパーツをもっている神で、
しかも、他の神を迎えにくるところなんぞ、ピッタリなので
ドッキリしたのか?
どこかに、あれはなんだったんだろうという意識があったのだろう。
調べると、符号するところがあるので、2度ビックリ。
しかし、やっぱり、違うと思う自分もいる。
こういうことの繰り返しだったのだ。
つまり、何かに当てはめた自分の経験があったりする。
そして、それは偶然だといつも、疑う自分。
あーだ、こーだと考えなくなる時はくるのだろうか?
ありのままをそのまま受け取る、子どもの気持ちに戻れるのだろうか?
鳥の王と言われている「ガルーダ(ガルダ)」神と
「ヴィシュヌ」神だったのか?
wikiよりガルーダ画像

偶然、別の動画をみていて、
気になる言葉に自分が執着する現象を認識した。
それは、夢の現象を分析しようとしている私の無意識ちゃんが
見つけちゃったものだった。
鳥と人間のパーツをもっている神で、
しかも、他の神を迎えにくるところなんぞ、ピッタリなので
ドッキリしたのか?
どこかに、あれはなんだったんだろうという意識があったのだろう。
調べると、符号するところがあるので、2度ビックリ。
しかし、やっぱり、違うと思う自分もいる。
こういうことの繰り返しだったのだ。
つまり、何かに当てはめた自分の経験があったりする。
そして、それは偶然だといつも、疑う自分。
あーだ、こーだと考えなくなる時はくるのだろうか?
ありのままをそのまま受け取る、子どもの気持ちに戻れるのだろうか?
2014年3月19日水曜日
真実と見通す目
あまりに、忙しいと考える時間がなくなるので、
忙しいという字は、心辺のりっしんべんと、亡くなるという字を書くという。
こんな言葉合わせのようなことは、よく方便として、使われる。珍しくもない。
そんなことも思い出した矢先、
前の夢日記や、ブログを読み返してみたら、
結構、私は、目の夢を見ているのがわかった。
忘れてたな。
いろいろな名称があるが、
「すべてを見通す目」とあえて言おう。
だが、「すべてを見通す目」が
「真実を見通す目」とは、限らない。
真実は人によって、異なるからだ。
なぜ、目の夢をみるのか?
記憶の再合成か?
それでも説明できるが、
もっと別の説明がほしい。
例えば、家に昔からあるエジプトの絵画との関連は?
なぜ、私は、エジプト関連の象形に惹かれるのか?
このミステリーを解くのは面白そうだ。
きっと、誰にでも、こんなミステリーはあるのだろうと思う。
忙しいという字は、心辺のりっしんべんと、亡くなるという字を書くという。
こんな言葉合わせのようなことは、よく方便として、使われる。珍しくもない。
そんなことも思い出した矢先、
前の夢日記や、ブログを読み返してみたら、
結構、私は、目の夢を見ているのがわかった。
忘れてたな。
いろいろな名称があるが、
「すべてを見通す目」とあえて言おう。
だが、「すべてを見通す目」が
「真実を見通す目」とは、限らない。
真実は人によって、異なるからだ。
なぜ、目の夢をみるのか?
記憶の再合成か?
それでも説明できるが、
もっと別の説明がほしい。
例えば、家に昔からあるエジプトの絵画との関連は?
なぜ、私は、エジプト関連の象形に惹かれるのか?
このミステリーを解くのは面白そうだ。
きっと、誰にでも、こんなミステリーはあるのだろうと思う。
2010年11月11日木曜日
自分の感覚を信じる
昨日のNHKの仕事の流儀での北島選手についての放送は、何をいいたいのかよくわからない内容だったので、かえって気になって録画を何度も見直した。
こういうのを視聴者に考えさせる放送というのだと思った。
何度かみているうちに、「感覚」とキーワードで、みていくと、いくつかのモザイク状の内容と柱で支えられているテーマが見えてきた。
自分を中心にする。
どういうことなんだろう。
客観が大事で、主観が二の次であるという認識がある。
だが、主観は、感情や動機に直接リンクしている。
2度のオリンピックに参加して制覇してきた北島選手だからこそ、これまでのトレーニングには、頼れない自分をわかっていたのだろう。
「オリンピックで勝ったのが人生の最高で、あとは落ちるだけ」
というスポーツ選手の悩みを率直に話していた。
燃え尽き症候群になりたくないと思ったが、ぼーっとした1年間があっという間にすぎた。
なんとか自分を変えたいと思って、米国にいった。
英語学校に普通に通う。
環境を変えたのだ。
そして、いつの間にか近所のプールに引き寄せられ、
水の中にいることが楽しいと感じられる「感覚」があった。
新しい仲間と楽しく泳いでみたい。
再び、やる気が起きたのだ。とても大事なこと。
それを日本のコーチにつたえて、許してくれるコーチがいた。
これまでの管理されて勝った方法でなく、
自分で感じて、考えることが要求される自由な環境。
北島選手の自分をメジャーにして、感覚を磨き、次の段階へ行こうとしている葛藤が描かれていた。
限界まで管理されて、行きついた先は、自由な感性に頼ることだった。
それには、楽しいこと、気持ちいいことが大事なのだろう。
その喜びが前向きな「感覚」であり、感情や動機を揺さぶり続けられるのだろう。
自己決定型学習法というのを思い出した。
世界の潮流にのった学習法にのっとっている。
こういうのを共時性(Synchronicity)というのだろうか。
こういうのを視聴者に考えさせる放送というのだと思った。
何度かみているうちに、「感覚」とキーワードで、みていくと、いくつかのモザイク状の内容と柱で支えられているテーマが見えてきた。
自分を中心にする。
どういうことなんだろう。
客観が大事で、主観が二の次であるという認識がある。
だが、主観は、感情や動機に直接リンクしている。
2度のオリンピックに参加して制覇してきた北島選手だからこそ、これまでのトレーニングには、頼れない自分をわかっていたのだろう。
「オリンピックで勝ったのが人生の最高で、あとは落ちるだけ」
というスポーツ選手の悩みを率直に話していた。
燃え尽き症候群になりたくないと思ったが、ぼーっとした1年間があっという間にすぎた。
なんとか自分を変えたいと思って、米国にいった。
英語学校に普通に通う。
環境を変えたのだ。
そして、いつの間にか近所のプールに引き寄せられ、
水の中にいることが楽しいと感じられる「感覚」があった。
新しい仲間と楽しく泳いでみたい。
再び、やる気が起きたのだ。とても大事なこと。
それを日本のコーチにつたえて、許してくれるコーチがいた。
これまでの管理されて勝った方法でなく、
自分で感じて、考えることが要求される自由な環境。
北島選手の自分をメジャーにして、感覚を磨き、次の段階へ行こうとしている葛藤が描かれていた。
限界まで管理されて、行きついた先は、自由な感性に頼ることだった。
それには、楽しいこと、気持ちいいことが大事なのだろう。
その喜びが前向きな「感覚」であり、感情や動機を揺さぶり続けられるのだろう。
自己決定型学習法というのを思い出した。
世界の潮流にのった学習法にのっとっている。
こういうのを共時性(Synchronicity)というのだろうか。
2010年10月28日木曜日
コンフォート・ゾーンを広げるために
即興だ、焦ると思う貴方。
実はチャンスなのです。
まず考えることは、動きを出すことだけど、動かなくたっていい。
自然と自分がのれるところを探そう。
まずは自分のペースを作り、それを崩さないこと。
そうしたら、集中力もついてくる。
人に見せるためには、多少のテクニックもあったほうがいい。
もちろんだけど、それ以上に、見せるための何かを持ってないと。
それは何だ?
貴方の武器になるんです。世の中を渡っていくとき。
どう、人から見られているか、印象を与えているか。
本当は、だから、無理に動かなくたって、勝負がついてたりするが、
それをいっちゃ、努力のかいがないので、大きなヒントを言いたい。
「生きざま」なんだ。 それがでてくる。
ちょっと恐ろしくもあり、しかも、分かりにくいようで、
実は分かる人には一目瞭然。
即興でコンフォート・ゾーンが広がれば広がるほど、
見せるためのテク、いろんな視点が見えてくる。
だから、努力したっていい、やりたいことをやろう。
悲しいことにそのやりたいことがわからないっていう・・・。
じゃあ、一緒に見つけよう。
レッスンにおいで。
実はチャンスなのです。
まず考えることは、動きを出すことだけど、動かなくたっていい。
自然と自分がのれるところを探そう。
まずは自分のペースを作り、それを崩さないこと。
そうしたら、集中力もついてくる。
人に見せるためには、多少のテクニックもあったほうがいい。
もちろんだけど、それ以上に、見せるための何かを持ってないと。
それは何だ?
貴方の武器になるんです。世の中を渡っていくとき。
どう、人から見られているか、印象を与えているか。
本当は、だから、無理に動かなくたって、勝負がついてたりするが、
それをいっちゃ、努力のかいがないので、大きなヒントを言いたい。
「生きざま」なんだ。 それがでてくる。
ちょっと恐ろしくもあり、しかも、分かりにくいようで、
実は分かる人には一目瞭然。
即興でコンフォート・ゾーンが広がれば広がるほど、
見せるためのテク、いろんな視点が見えてくる。
だから、努力したっていい、やりたいことをやろう。
悲しいことにそのやりたいことがわからないっていう・・・。
じゃあ、一緒に見つけよう。
レッスンにおいで。
2010年10月9日土曜日
理解する時にわかる自分の癖
最初、レッスンに来た人は、何をしているかわからないかもしれない。
けど、それでいい。
分からないことを理解するのに時間をかけてもらう、当然、運動量も少ない。
いきなりきて、バンバン動いたら、体を壊しかねないからだ。
でも、その分、頭を使うので、精神的に疲れたりする。
だから、ファシリテーターになる人は、その辺が見極めどころなのだ。
少し難しいから、挑戦したい、でも、すぐに本格的になったら
その山の高さ、壁の厚さを見せられたようで、圧倒されてしまうので
まずは、ゆっくり、緩ませること。
しかし、しかし、それが一番難しいのである。
いつも緊張状態にいる人こそ、マニュアル人間になっていたりして、
方法論をきちっと学ぼうとするわけだ。
そういう頭の使い方じゃないんだな。
いわゆる、右脳系?みたいな話になるんだけど、
感覚的に、まず、このレッスンの具体的な一つ一つのワークが、
何を目指しているんだと、わかるようになること。
そうしているうちに、今度は自分の癖や傾向がわかってくる。
中道をみて、自分の傾き、振れ具合がわかるってことかなぁ。うふ。
けど、それでいい。
分からないことを理解するのに時間をかけてもらう、当然、運動量も少ない。
いきなりきて、バンバン動いたら、体を壊しかねないからだ。
でも、その分、頭を使うので、精神的に疲れたりする。
だから、ファシリテーターになる人は、その辺が見極めどころなのだ。
少し難しいから、挑戦したい、でも、すぐに本格的になったら
その山の高さ、壁の厚さを見せられたようで、圧倒されてしまうので
まずは、ゆっくり、緩ませること。
しかし、しかし、それが一番難しいのである。
いつも緊張状態にいる人こそ、マニュアル人間になっていたりして、
方法論をきちっと学ぼうとするわけだ。
そういう頭の使い方じゃないんだな。
いわゆる、右脳系?みたいな話になるんだけど、
感覚的に、まず、このレッスンの具体的な一つ一つのワークが、
何を目指しているんだと、わかるようになること。
そうしているうちに、今度は自分の癖や傾向がわかってくる。
中道をみて、自分の傾き、振れ具合がわかるってことかなぁ。うふ。
2010年10月5日火曜日
「その脳の場所にいく」
私はこのタイトルにある内容を、平易な言葉で始めるならば、世界観という言葉から始めたい。
誰でも世界観というのを持っている。
その世界観の中では、当たり前だと思っていることを、説明しそびれたりする。
私の場合、説明不足であったとしても、
実は後からいくらでも理解されるような人間関係を作ることで成り立っていると思う。
特に振付けのときなどは、ダンサーたちは必死に私の言わんとすることを理解して、
具現化してくれようとする。
こういう状態を振り返ると、後から啓発的な行動をとってたりすることがあり、
これは、認知的不協和だと思うわけです。
認知的不協和って、どういうことなんだろう。
自分がこうだと思っていることと、違っている状態を認識した時ですね。
私の場合は、ダンスレッスン時に
つまり、「これは、なんだ」といきなり思ってもないところを突いたり
ちょっと難しいことをやってもらって、夢中になってもらっているうちに
なんと、みんな踊りだしているんです。
必死になって、なりふり構わずというモードっていうのは、
追い込まれないと、なかなか自分の世界観はでてこない。
そういう状態がとてもチャンスなんだと思うのです。
その時の状態、つまり世界観(脳の場所)を覚えているんですね。
だから、そこの行けばいいのです。
これは、俳優の大竹しのぶさんがいってたことです。
演じる役の「その脳の場所にいく」
だから、立ち方も声の発生も違って、どんな長いセリフでもでてくる、みたいなことを
話されていた。
その意味よくわかります。私もやっていたと思うから。
俳優が演じるように、自分たちの啓発もできると思う。
他人の世界観に触れることで、違いから気がつくことがあったりして、
この人の世界観を理解してみようとか、まねしてみようとかで、
得られる能力もあると思う。
その人の脳の状態、世界観をまねることで、違った世界がみえてくるから
俳優のように、行動も変わるし、感じ方も変わる。
これが、ある意味自分を拡げるチャンスでもあるわけだし、
創造的な状態にあるときは、その脳の状態を再現することで、
得られるインスピレーションがあるわけだ。
それを、別の分野では、霊感とか、想像力とか、色々と名前を付けてくれている。
すいません。なんかまとまってませんが、分かってもらえると嬉しいです。
具体的なことは、ダンスレッスンに来てのお楽しみですね。
即興ダンス大好きな人は、是非いらしてください。
誰でも世界観というのを持っている。
その世界観の中では、当たり前だと思っていることを、説明しそびれたりする。
私の場合、説明不足であったとしても、
実は後からいくらでも理解されるような人間関係を作ることで成り立っていると思う。
特に振付けのときなどは、ダンサーたちは必死に私の言わんとすることを理解して、
具現化してくれようとする。
こういう状態を振り返ると、後から啓発的な行動をとってたりすることがあり、
これは、認知的不協和だと思うわけです。
認知的不協和って、どういうことなんだろう。
自分がこうだと思っていることと、違っている状態を認識した時ですね。
私の場合は、ダンスレッスン時に
つまり、「これは、なんだ」といきなり思ってもないところを突いたり
ちょっと難しいことをやってもらって、夢中になってもらっているうちに
なんと、みんな踊りだしているんです。
必死になって、なりふり構わずというモードっていうのは、
追い込まれないと、なかなか自分の世界観はでてこない。
そういう状態がとてもチャンスなんだと思うのです。
その時の状態、つまり世界観(脳の場所)を覚えているんですね。
だから、そこの行けばいいのです。
これは、俳優の大竹しのぶさんがいってたことです。
演じる役の「その脳の場所にいく」
だから、立ち方も声の発生も違って、どんな長いセリフでもでてくる、みたいなことを
話されていた。
その意味よくわかります。私もやっていたと思うから。
俳優が演じるように、自分たちの啓発もできると思う。
他人の世界観に触れることで、違いから気がつくことがあったりして、
この人の世界観を理解してみようとか、まねしてみようとかで、
得られる能力もあると思う。
その人の脳の状態、世界観をまねることで、違った世界がみえてくるから
俳優のように、行動も変わるし、感じ方も変わる。
これが、ある意味自分を拡げるチャンスでもあるわけだし、
創造的な状態にあるときは、その脳の状態を再現することで、
得られるインスピレーションがあるわけだ。
それを、別の分野では、霊感とか、想像力とか、色々と名前を付けてくれている。
すいません。なんかまとまってませんが、分かってもらえると嬉しいです。
具体的なことは、ダンスレッスンに来てのお楽しみですね。
即興ダンス大好きな人は、是非いらしてください。
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